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河村たかし名古屋市長による「表現の不自由展・その後」を巡る 発言と中止・謝罪要求に対し、謝罪をもとめる要請書

河村たかし名古屋市長による「表現の不自由展・その後」を巡る 発言と中止・謝罪要求に対し、謝罪をもとめる要請書

名古屋市長 河村たかし殿

河村たかし名古屋市長による「表現の不自由展・その後」を巡る

発言と中止・謝罪要求に対し、謝罪をもとめる要請書

1.8月2日の「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの。いかんと思う」発言と大村秀章愛知県知事に平和の少女像の作品展示を即刻中止するよう求めた行為について

 私たちはあいちトリエンナーレ2019実行委員会会長代行という立場の河村たかし名古屋市長が作品展示の即刻中止を要請することは、憲法が禁ずる検閲にほかならず断じて許すことは出来ない。憲法21条が保障する表現の自由は行政が主催する展示企画でこそもっとも尊重されるべきであり、ましてや公的資金の使用が作品選定に何らかの影響を与えることは許されない。

 また「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの。いかんと思う」発言は、そもそも日本軍戦時性奴隷制度問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)について1993年8月内閣官房外政審議室が発表した「いわゆる従軍慰安婦問題について」という調査結果をまったく踏まえていない発言である。   

この調査結果では、慰安所設置については当時の軍当局の要請によるものであることを認めており、「慰安婦」の募集については軍当局の要請を受けた経営者の依頼により斡旋業者らがこれに当たることが多く、業者らがあるいは甘言を弄しあるいは畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースが数多く、更に官憲等が直接これに加担する等のケースもみられたとしている。慰安所の多くは民間業者により経営されていたが、一部地域においては、旧日本軍が直接慰安所を経営したケースもあり民間業者が経営していた場合においても、旧日本軍が慰安所の設置や管理に直接関与したとしている。つまり日本政府は日本軍戦時性奴隷制度問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の存在と実態を1993年当時既に認めており、そのことは多くの「国民」や専門家が認めていることである。河村たかし名古屋市長は平和の少女像の展示が「日本人の、国民の心を踏みにじるもの」と激しく非難しているが、この発言は歴史的事実を直視しないことの表われだけではなく、何よりも日本軍戦時性奴隷制度(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者の尊厳を何重にも冒涜する発言である。絶対に許すわけにはいかない。

2.8月3日平和の少女像展示についての「『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う」「(企画展を)やめれば済む問題ではない」発言と展示を決めた関係者への謝罪要求について

 日本軍戦時性奴隷制度(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者の総数はもちろん重要である。しかし、平和の少女像はそもそも被害者の総数を訴えるための作品であったのだろうか?どこのそのような解説があったのだろうか?またはいつどこで作者が被害者の総数を訴えるための作品であると解説したのであろうか?そのようなものは平和の少女像には記載がない。

私たちは河村たかし名古屋市長が突然被害者の総数に言及したことについて、そこには総数として強引に変換された一人一人の具体的な人間の一度限りの具体的な生の存在が捨象されているということを指摘する。平和の少女像はまさしく、一人一人の人間が、一人の少女が年老いていく過程(床には年老いた女性の影が描かれている)を隣で感じてもらうための工夫が盛り込まれていた作品であった。それはその一人一人の少女の人生、そしてその少女たちが直面した悲惨で筆舌に尽くしがたい体験や経験に思いを馳せ、企画展参加者一人一人が、一人の人間としての日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者である少女たち、そして年老いた女性たちに思いを馳せる機会だったのである。ここでも河村たかし名古屋市長は日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者の尊厳を冒涜しているのである。絶対に許すわけにはいかない。

また「(企画展を)やめれば済む問題ではない」と発言したことは、そもそも平和の少女像の作品展示を即刻中止するよう求めた行為自体が憲法が禁ずる検閲であり断じて認められないが、今回企画展が中止となった理由は「安全上の問題」とされており、決して河村たかし名古屋市長の要求によるものではない。また大村秀章愛知県知事も津田大介芸術監督も平和の少女像の展示が問題であるとは一切発言していない。中止の理由とされる「安全上の問題」が卑劣な脅迫を含むものであることは明白であるが、そのことについての抗議が河村たかし名古屋市長から一切ないのはどういうことであろうか?まずもって河村たかし名古屋市長はあいちトリエンナーレ2019の会長代行として、展覧会に対する脅迫行為に対し抗議するのが会長代行という職責からして当然である。これでは卑劣な脅迫行為を行った犯人を間接的に利することになる。自らの立場と職責を逸脱した暴言を私たちは許さない。

 最後に、河村たかし名古屋市長が展示を決めた関係者へ謝罪を要求したことを私たちは非常に深刻に受け止めている。憲法が禁ずる検閲、日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)という歴史的事実の否認、そして「(企画展を)やめれば済む問題ではない」という暴言に加えて、それらの不当性を謝罪という形で認めるよう要求する行為は、結果として、卑劣な脅迫による「安全上の問題」を理由とした中止に便乗した形での恫喝に他ならない。

 私たちは河村たかし名古屋市長の一連の「表現の不自由展・その後」を巡る発言と中止・謝罪要求を省みたとき、そこに公的な立場や職責よりも個人的な思想信条なり感情なりを優先し、さらにそれらを公的な団体に対し押し付けるという、おおよそ民主主義社会のなかで選挙で選ばれた公人としての振る舞いとして全くふさわしくない振る舞いを目の当たりにする。しかもその要求は日に日に強くなっていった。

私たちは企画展「表現の不自由展・その後」の再開を今後強くもとめていくが、企画展が今中止されている事態が、公人が憲法違反、暴言、恫喝することを助長することにつながりかねないと大変危惧している。そして更に日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)という歴史的事実を否認せんとする人々を利することに危機感をおぼえる。それゆえ河村たかし名古屋市長の一連の「表現の不自由展・その後」を巡る発言と中止・謝罪要求を断じて許すことは出来ない。

以下要求する。

1.日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の事実を認め、日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者に謝罪せよ。

2.作品展示の即刻中止要求が憲法の禁ずる検閲にあたることを認め、あいちトリエンナーレ2019実行委員会と企画展「表現の不自由展・その後」の実行委員会ならびに作品出展者に謝罪せよ。

3.日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者の尊厳を冒涜していることを認め日本軍性奴隷制問題(いわゆる「従軍慰安婦」問題)の被害者に謝罪せよ。また「(企画展を)やめれば済む問題ではない」と発言したことが会長代行の職責から逸脱した暴言であることを認め実行委員会ならびに企画展の実行委員会に対し謝罪せよ。

4. 一連の「表現の不自由展・その後」を巡る発言と中止・謝罪要求が、公的な立場や職責よりも個人的な思想信条なり感情なりを優先し、さらにそれらを公的な団体に対し押し付けるという、おおよそ民主主義社会のなかで選挙で選ばれた公人としての振る舞いとして全くふさわしくない振る舞いであることを認め、名古屋市民ならびにすべての日本に住む人々および世界中の人々に対し謝罪せよ。

2019年8月7日

 「表現の不自由展・その後」の再開をもとめる愛知県民の会